(あれから1日は経つか……)
 サユリを逃した後、マイは新無憂宮ノイエ・サンスーシーの地下牢に捕えられていた。そして暗闇の牢に入れられ、既に1日以上経過していた。
「サユリ…気を付けて…。さて、まずは……」
 あの晩、マイはサユリを見送った後、早速サユリがいなくなったのを擬装する準備を始めた。
「あ、あのマイ様一体…?」
「この服を着て、そしてサユリのベッドに寝てて…お願い……」
 マイは女中の一人をサユリの部屋に呼び寄せ、サユリの格好をしベッドに寝るよう頼んだ。
「でもこれはサユリ様の…。分かりました……」
 サユリの真剣な目に只事ではないと思い、女中はマイの頼みを素直に聞き入れた。
「ありがとう…。そのままじっとしてて……」
 ベッドでじっとしてるよう女中に言い、マイは次の行動に出た。
「さて次は……」
 次にマイは、万が一ブラウンシュヴァイク等に捕われた時の事を想定し、何処かに武器を隠そうとした。
「ここが良さそう…」
 そしてサユリのクローゼットが適切な場所だと思い、マイはクローゼットに携帯している小剣を隠そうとした。
「ジーク……」
 その小剣の嘗ての所有者の名を語りながら、マイはクローゼットの中に小剣を隠した。
 聖剣マスカレイド。ローエングラムに伝わる聖王遺物の一つで、魔力の高い者が所有する事により真の姿を現す聖剣である。この剣はローエングラム配下の中で剣技と術の両方に秀でた者に代々その所有を認められ、マイの前はキルヒアイスが所有していた。だが利き腕の機能を奪われその剣技を奪われてしまったキルヒアイスは、自らその所有者たる資格なしと言い、次の所有者にマイを指名し、ハイネセンの地へと帰って行った。マイにとってマスカレイドは、キルヒアイスから預かり受けた形見のような物であった。
「あとは事の成り行きを待つのみ……」
 自分が今成すべき事はやり終えたと判断し、マイはブラウンシュヴァイク側が動きを見せるのに備える事にした。
「!」
 数十分後、護衛の男三人を引き連れた大臣がサユリの部屋に入って来た。
「大人しくしてもらおう、マイ。サユリ様は我々が預からせてもらおう」
「大臣…この事がラインハルト様に知れれば貴方の命はない…。それを分かってやってるの…?」
「ラインハルト様?今からはブラウンシュヴァイク様がこの宮殿の主だ。お前こそブラウンシュヴァイク様に逆らうと命がないぞ!」
「そういう事…。でも私を少し見くびり過ぎのようね…。たった四人で私をどうにか出来るつもり…?」
「くっ…!」
 脅しを掛け続ける大臣に、マイは一歩も引かずに冷静な口調で答え続けた。
「フン…サユリ様がどうなってもいいのか?」
「分かった…。サユリに指一本触れないと誓うなら大人しくする……」
「よし、マイを牢に連れて行け!」
 マイは大臣に屈した動作を見せ、その対処に素直に応じた。
「いいか、万が一牢を抜け出そうとでもしたらサユリ様の命はないぞ?」
「分かってる…。だけど…もしサユリに何かあった時は許さないから…!」
「わ、分かっておる。この部屋を見張るだけでサユリ様には約束通り指一本触れはせんよ」
 マイの鋭い視線に大臣は気圧され、改めてサユリには手を出さない事を強調した。
「そう…それならいい……」
 事の成り行きとは言え、これでサユリがいなくなった事に気付かれる心配はまずなくなった。そうマイは安堵し、素直に牢屋へと連れてかれて行った。
「ぐあっ!」
「!?」
 サユリがラインハルトの元へ向かった晩を思い出していたマイは、突如見張りの兵士が倒れた事により、意識を元に戻した。
(赤い羽…。これは……)
 倒れた兵士の周囲から赤い羽が舞い降り、その一つがマイの掌に落ち、そして消えた。その消える羽を見て、サユリは目の前で起こった出来事を理解した。この赤い羽は姿を消す朱鳥術フェザーシールの羽、そしてこの術を使えるのは……。
「マイ様!ご無事ですか!!」
「ジーク……」
 そう―、ジークフリード=キルヒアイス。彼が自分を助けに来たのだと……。



SaGa−5「序章の幕は降りて……」


「暫くお待ち下さい。先程見張りの兵から奪った鍵で扉を開けますので」
 そう言うとキルヒアイスは手際良く牢の鍵を開け、マイを牢から解放した。
「ジーク、どうしてここに…?」
 開口一番、マイはハイネセンにいる筈のキルヒアイスが何故この場所にいるのかを訊ねた。
「ラインハルト様の命で、ミュラー将軍がブラウンシュヴァイク男爵が反乱を起こした事を伝えに来たのです。もっとも、昼過ぎにはミュルスの港に到着したのですが、警備が手薄になる深夜を見計らい今の時間となったのですが…」
「そう…」
 キルヒアイスの問いにマイは違和感を感じた。ミュラー将軍がキルヒアイスの元に救援を求めに行ったのは理解出来る、もしも自分がミュラー将軍の立場なら同じ事をした可能性が高い。問題はそれがミュラー将軍独自の判断ではなく、あくまでラインハルトの命令であった事だ。
「ジーク…、一つ訊いていい…?ミュラー将軍はラインハルト様の命で貴方の元に向かった…。つまりラインハルト様は今回の事件をある程度は予測していたという事…?」
「ええ。ラインハルト様の御器量ならばそれ位の予測は出来ていて別段不思議ではないでしょう」
「確かに……」
 確かにラインハルトの器量ならば予測位の事は出来たろう。しかし仮に自分がキルヒアイスの立場だったとしたら、こうもラインハルトの器量に驚きを感じる事なく他人に話すことが出来ようか。それだけキルヒアイスはラインハルトの事を分かってるのだとマイは思った。
「それよりも、マイ様、これを…」
「これは…マスカレイド…!」
 キルヒアイスが自分に手渡した物にマイは驚いた。サユリの部屋のクローゼットに隠しておいた筈のマスカレイドが何故ジークの手に…。
「宮殿に着き、何よりもサユリ様のご安否が気に掛かり、真っ先にサユリ様の寝室へと駆け付けたのです。その時そこにいたのはサユリ様ご本人ではなく、マイ様からサユリ様のお格好をし、ベッドでじっとしているようにとご命令があったと聞かされました。そして、その後マイ様は牢に連れて行かされたと…。その時マイ様が何かをクローゼットに隠した模様だと聞き、その中を探し、マスカレイドを見付けここにご持参した限りです」
「そう…ありがとう……」
「ところでマイ様、肝心のサユリ様ご本人は一体どう為されたのです?」
「サユリは……」
 マイはキルヒアイスにサユリ事を話した。まず誰よりも早くブラウンシュヴァイクの具体的な反乱計画を聞き入れ、そしてそれをラインハルトに伝えに自ら赴いた事を。
「そうでしたか…」
 軽く一言雑感を述べ、以後キルヒアイスはサユリについて言及しなかった。もっとも、マイはキルヒアイスの微妙な動作から、心の中ではサユリの安否を気にしてるのだということが理解出来た。
「それよりもジーク、これからどうするの…?」
「はい。まずは牢に捕らわれている他の方々を救出します。恐らくラインハルト様からの信頼が厚い臣下の方々は、ブラウンシュヴァイクに屈しず、その殆どの方が牢に捕らわれていることでしょう。そしてその方々を救出し、ブラウンシュヴァイク配下の宮殿の守りを固めている兵士等から宮殿を奪還します!」
「分かった……」



「ケスラー隊長!一階倉庫の奪還に成功しました!」
「そうか、ご苦労」
 救出したケスラー宮殿警護隊隊長を始めとした兵士達の活躍により、新無憂宮ノイエ・サンスーシーはブラウンシュヴァイクの兵からの奪還に、ほぼ成功した。
「さて、後は玉座の間だけであるが……」
 宮殿の中でもっとも神聖と呼べる玉座の間。それだけに真っ先に奪還に向かったのだが、ブラウンシュヴァイクが招いたであろう強力なモンスターに阻まれ奪還に苦戦していた。
「ケスラー隊長、ご苦労様でした。玉座の間の奪還は私に任せ、ケスラー隊長は他の兵を引き連れ、撤退してくるであろうブラウンシュヴァイク本隊を宮殿に入れさせないようにお願い致します」
「それは諒解しましたが…ですが利き腕を傷付けられておられる貴方一人だけではとても……」
「私も行く…。それなら大丈夫でしょ……」
「マイ様…。分かりました、では私は他の警護兵を引き連れ、宮殿の警備に向かいます。各員、これより我々の本来の任務である宮殿の警護に回れ!いいか!一兵足りともブラウンシュヴァイク等の本隊を宮殿内に入れるでないぞ!!」
 ケスラーの号令により、宮殿警護兵達は迅速に宮殿の警護へと向かった。
「マイ様、何も貴方が残る事はありません。もし貴方に何かがあればサユリ様がお嘆きになります」
「分かってる…。だけどジーク、それは貴方も同じ事…。もし貴方に何かあればサユリだけでなくラインハルト様も悲しむ…。そして……」
 そして何より自分が悲しむ…。そう思いながらも、マイはその想いを言葉として表さなかった。誰よりもあの兄妹に愛されている人だから、そして何より自分自身がそんなキルヒアイスに羨望と尊敬の念を込めた好意を寄せているから……。そう思いながらも自分の立場を考え、自分のありのままの想いをキルヒアイスに見せずにいた。
「そうですね…。では二人で力を合わせ、必ず生還しましょう!」
「うん…!」
 キルヒアイスと共に玉座の間に向かうマイは思った。今は自分のありのままの想いを表わさなくてもいい、こうして再びジークと共に戦えるだけで今はその心が満たされるのだからと……。



「フン…どうやら今度の人間共はそれなりに手応えがありそうだな…」
 玉座に座りその空間を支配しているモンスターは、その異形の姿から出る低音で聞き苦しい声で、立ち向かうキルヒアイスとマイに声を放った。
「答えてもらおう!ブラウンシュヴァイクとの関係を!いや、その前にその玉座から退いてもらおう!その玉座はラインハルト様の居ます神聖な場所、魔物風情に聖なる場所をこれ以上汚させる訳には行かない!」
 その魔物と形容出来る悪魔系モンスター悪鬼に対し、キルヒアイスは普段の物静かで優しい声を激しくさせ、悪鬼に言い放った。
「貴様に教える義理もなければ、この場所を退ける義理もない。どうしても退けたければ力尽くで退けるのだな!」
 悪鬼は突然玉座から立ち上がり、自らの体をキルヒアイスとマイに向かってぶちかました。
「ヒュッ、サッ…!」
 だが、二人共素早い動きで左右に散開し、辛うじてその攻撃を交わした。
「ほう…今までの雑兵共はこの一撃でくたばったが…確かに少しは出来るな…。だが、どこまで交わせるかな!」
 体を構え直し、悪鬼はキルヒアイスの方に向かって突進して行った。
「炎よ、我を護る防壁となれ!セルフバーニング!!」
「何ッ!?グァッ!」
 しかしキルヒアイスが咄嗟に朱鳥術セルフバーニングと唱えた事により、悪鬼はキルヒアイスの周囲に形成された球形の炎の防御壁にその身を焼かれた。
「マイ様!今です!!」
「分かってる…。聖剣マスカレイドよ、我の魔力持てその真の姿を示せ…。ウェイクアップ!!」
 マイは腰に掲げていたマスカレイドを両手で掲げ、体内の魔力を注げた。するとマスカレイドはキラキラと輝き出し、巨大な大剣へと姿を変えた。
「タタタッタッ…!」
 巨大な大剣を抱え、マイは悪鬼に素早い駆け込みで向かって行った。
「私は魔物を討つ者だから……」
「グワァァァ〜!」
 セルフバーニングの炎のでその身を焼かれ行動の自由を奪われていた悪鬼は、マイの放った一撃により断末魔を上げた。
「急所は外した…。さあ…、ブラウンシュヴァイクとの関係を答えて…!」
「誰が貴様等などに〜!!」
 最後の力を振り絞るように、悪鬼は渾身の力を込めマイに襲い掛かった。
「地を這う棘よ、その切っ先にてかの者の動きを封じん!ソーンバインド!!」
「グオッ!これは…!?」
 突然現れた棘に身体を巻かれ、悪鬼はその身体の自由を奪われた。
「マイ様、お見事です!」
「違う…今のは私じゃない…」
 マイ自身蒼龍術は扱えた。しかし臨機応変に術を唱えられる暇はなかった。
「中々の腕だな。だが、モンスターに動ける程度の隙を与えてしまうのはまだまだツメが甘いな」
「誰…!」
「案ずるな、マイ。彼はかのトルネードだ。余がその腕を見込んで一時的に協力を申し掛けたのだ」
「ラインハルト様…」
 玉座の間の扉には、何時の間にやら宮殿に到着したラインハルトとユキトの姿があった。
「ラインハルト様、ご無事でしたか!」
「ああ、キルヒアイス。必ずお前が駆け付けてくれると思っていた。やはり俺が来る前に全て片付けてくれていたな」
「いえ、まだです。このモンスターにブラウンシュヴァイクとの関係を聞かねば…。…!?」
「どうした、キルヒアイス」
「自ら舌を切り息絶えております…」
 ソーンバインドに動きを封じられた悪鬼は、僅かな時間の中で舌を切り、その生命活動に自ら終止符を打っていた。
「関係を知られる位ならば自ら命を絶つか…。魔物風情にしては見上げた者だな。兵を放棄し何処かへと逃走したブラウンシュヴァイクに、この魔物の爪の垢でも煎じて飲ませてみたいものだな」
 メルカッツが寝返った事により一時的にブラウンシュヴァイクに加担していた兵士は次第にラインハルトの元に戻り始めた。それによりブラウンシュヴァイクは情勢不利と思ってか、逃走する途中で最後まで付き従った兵を放棄し、何処かへと姿を消した。
「まあ良い。いずれにせよこれで全て終わったな」
   ラインハルトは反乱の全てが終わった事を象徴するかのように、自らの玉座に腰掛けた。
 こうして一連の事件は、ブラウンシュヴァイクとモンスターと関係という謎を残したまま終息した。



 夜が明け再び宵闇が辺りを覆おうとしていた時刻、ラインハルトの命によりオーディンへと赴いていたサユリ達一行が、新無憂宮ノイエ・サンスーシーへと戻って来た。
「只今帰りました、お兄様」
「無事で何よりだった、サユリ。さて、これで関係者全員が揃ったな」
 玉座の間にはその他にラインハルト配下の重臣達が集まっていた。そしてラインハルトは辺りが粛然としたのを見計らい、玉座の間に集まった者達に労いの言葉を掛け始めた。
「この難局を乗り切る事が出来たのも多くの者達のお陰である。特に、ユキト、ジュン、ユウイチ、カオリ、シオリ。卿達は余の臣下の者でもないのによく働いてくれた。その働き振りに見合う褒賞を授けよう」
「お兄様、褒賞に関してサユリから一つ提案があります。今回サユリを護衛して下さった方々にお礼として夕食会を催したいのですが…」
「夕食会か、悪い提案ではないな。よし、では今から準備に掛かる女中達に命じよう」
 ラインハルトはサユリの提案を聞き入れ、ジュンやユウイチ達は宮殿の大広間へ案内された。
「おっ、来た来た〜」
 十数分後、大きなテーブルが置かれている大広間に、料理や酒が運び出されて来た。
「ユウイチ、どっちが先に飲み潰れるか勝負だ!」
「望む所だ、ジュン!」
 運ばれて来た料理には目もくれずに、ジュンとユウイチの二人は酒の飲み比べを始めた。
「ちょっと二人とも…」
「あははーっ、皆さん遠慮為さらず思う存分に楽しんで行って下さいね〜」
 二人の行動を静止しようとするカオリをよそに、サユリは笑顔で遠慮をせずに楽しむように勧めた。
「ふえっ、シオリさんどうかしたのですか?」
 目の前にある料理に手付かずなシオリを見て、サユリは気に掛かり声を掛けた。
「えっ?いえ、少し考え事を……」
 そう言い、シオリは気を取り直すかのように料理を食べ始めた。
(魔王のようで魔王でない…聖王のようで聖王でない…本当にどういう意味なんだろう……)
 料理を食べながらもシオリは、昨晩のオーベルシュタインの言葉が気に掛かり、頭から離れていなかった。
(でも何だろう…何となくだけど自分の運命が大きく動き始めた…そんな気がしてならない……)
 オーベルシュタインの言葉、そしてユリアンという不思議な少年との出会い…。それらが自分の運命の方向を変え始めた、漠然とではあるがシオリはそう思わざるを得なかった。
(ユリアン…また貴方と会えば何か運命の道が開けるのかしら……?)



「さ、遠慮せずに飲んでくれ」
「飲むのは構わないが、俺みたいなのを自室に招いてもいいのか?」
 その頃ユキトは、ラインハルトの自室に個人的に呼び出されていた。
「ラインハルト様自らがお招きになったのです。さ、ユキト殿、どうぞご遠慮為さらずに」
 もう一人ラインハルトに個人的に呼び出されたキルヒアイスが、ユキトを促した。
「では遠慮なく」
 二人の厚意を素直に受け取り、ユキトはラインハルトに勧められた酒を口にし始めた。
「実の所キルヒアイスと二人だけで飲み交わそうと思っていたのだが、卿をキルヒアイスに紹介したいと思ってな。こうして招き入れたのだ」
「それは光栄だな」
「しかし、ユキトよ。卿の戦い振りは在りし日のキルヒアイスを思い出すものだったな」
 その言葉を始めにラインハルトは在りし日のキルヒアイスの事を語り出した。嘗てのキルヒアイスはラインハルト臣下の中で最も文武両道に長けた者であり、それにラインハルトは何度も助けられたこと、そして三ヶ月前の悲劇…。思い出せる事を限りなく話した。
「成程な。キルヒアイス殿、アンタがラインハルト様にとってどれだけ大切な人間かよく分かったぜ。そのお礼という訳じゃないが、酒のつまみとして俺からも一つ話をしてやろう」
 そう言い、ユキトはあの男の事を話し出した。そう、エル=ファシルの英雄ヤン=ウェンリーの事を……。
「…とまあ、ヤンっていう男はそんな感じの奴だ」
「ヤン=ウェンリー…。そういえば余の領内にもエル=ファシルの敗残兵が何人か亡命して来たが、皆口を揃えてヤンの名を語っていたな。そして今その男がおるのはエル=ファシル砂漠の遥か東の都か…。フフッ…遥か東の見知らぬ都…そしてヤン=ウェンリーという名の男か…。いつかその地に赴きヤンという男に会ってみたいものだな。そしてその時は、キルヒアイス、お前も一緒だ」
「嬉しいお言葉ですが、ですが今の私はまだ……」
 キルヒアイス自身、もしラインハルトと共に旅に出る機会があるならば、喜んで付き添いたいと思った。しかし、アユの希望が叶わない限り、ラインハルトと共に旅に出る事はないだろうと自覚した。
「何か悩み事があるみたいだな…。俺でよければ相談に乗るが?」
「ありがとうございます、ユキト殿。実は……」
 ユキトの厚意を素直に受け取り、キルヒアイスは話し出した。マリーンドルフ家の忘れ形見であるアユの事、そしてそのアユが七年間待ち続けている少年の事を…。
「成程、七年間待ち続けているか…。七年…まてよ!」
「何かご存知な事でも」
「いや、直接本人にから聞いた訳じゃないんだが…。サユリ姫の護衛をした一人にユウイチって男がいただろ。そのユウイチがサユリ姫が駆け込んだ酒場で、七年前自分がハイネセンで何処かのお嬢様らしき娘に会ったって話をしてたな」
「恩に着ます、ユキト殿。恐らくユウイチ殿がアユ様が待ち続けられておられる少年でしょう」
「何はともあれ、これで少しは事態が進展しそうだな、キルヒアイス」
 そうキルヒアイスを励ますラインハルトもまた、ユキトの言葉に多少なりとも恩を感じていた。これで事が上手く運べばキルヒアイスが自分の所に完全に戻って来ると……。



「ハ〜ックション!」
「あらヤン将軍、風邪ですか?」
「いや、また誰かが私の噂をしてるんだろう」
「ふふっ、エル=ファシルの英雄と称えられているのですから無理もありませんわ」
 新無憂宮ノイエ・サンスーシーで夕食会が催されていた同時刻、ここは東に位置する黄京の城の一つ玄城。嘗てエル=ファシルから多くの民を黄京へと亡命させたヤンは、その功績を称えられ、現在では玄城を指揮する将軍に就任していた。
「何度も言ってるだろ、フレデリカ。私は英雄でも何でもない、ただの亡国の敗軍の将だと」
 副官であるフレデリカに対し、ヤンは皮肉めいた返事をした。多くの人から英雄と称えられているヤンだが、当の本人は自分が英雄だとは一度も思った事がなかった。自分はただ民を逃して来ただけだ、それに肝心の王やミスズ姫は助けられなかった。そんな自分がどうして英雄なのだと。そして、寧ろ最後まで勇敢に戦い抜き、自分に民を逃す時間を与えてくれた前線の兵士達こそが真の英雄だと思っていた。
(それにしても、ユリアンは今頃どうしてるだろうか……?)
 頭をぽりぽりと掻きながら、ヤンは自分の被保護者であるユリアンの事を思い浮かべた。つい数ヶ月前、”宿命の子”としての運命さだめを背負って旅立ったユリアンの事を……。


…To Be Continued


※後書き

 ようやく序章完という感じです。当初は2〜3話で終わらせようと思っていましたので、大分長くなりましたね(苦笑)。それと終盤にサービス的と言いますか著者の趣味で(笑)でヤン提督が出て来たのですが、ヤン提督とフレデリカさんの関係を未婚にするか既婚にするか色々と悩みました。最終的にユリアンが16歳時の関係という事で、未婚の状態にしておきました。それとキャラクターの年齢ですが、銀英伝キャラは基本的にユリアンが16歳時、アニメ版における第二期にあたる時間軸の年齢と思って下さい。まあ、年齢の基準はあくまで目安ですので、あまり気にせずにお読み下さい。
 さて、次回からは新展開と言いますか、それぞれがそれぞれの道を歩み始めるという感じになると思います。基本的には原作のメインキャラクターを演じているキャラ中心で展開して行くと思いますが、視点が多様化していますので原作と色々と違いが出て来るでしょう。その辺りを踏まえこれからも読んで行って下さいね。

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